読むテニス:アンドレ・アガシ「OPEN」

いまさらですがアガシの自伝を読みました。出版時から物議を醸していた作品でしたが出版不況?と重なってなかなか邦訳が出なかったこともあり、出版されたときにはすでに興味を失っていました。今回自伝がプチ・マイ・ブーム(これもいまさらですがジョブズとか)で手にとってみましたが、小さな字で600ページ超とかなりのボリュームでした。

自伝は2006年のUS OPENのバグダティス戦から始まります。この大会で引退を表明していたアガシはこのとき8位だったバグダティスと死闘を繰り広げ、試合後ロッカールームに倒れこんでしまいます。横たわりドクターを待つ間、テニス人生を振り返る……という展開で、7歳で父親の特訓を受けているシーンからさかのぼって回想しています。

「OPEN」というタイトル通り、そのテニス人生のすべてをオープンにした内容で父親との確執、ニック・ボロテリ・アカデミーでの出来事、髪についての悩み、ライバルとの関係、ブルック・シールズとの出会いと離婚、そしてグラフとの結婚まで細かに書かれています。もちろん記録を確認しているでしょうけれど、子供のころの試合内容から彼を取り巻く人との出会い、会話やシチュエーションを、そのときの感情も含めアガシが細かく記憶していることに驚きました。その中で一貫して語られるのは「テニスが嫌い」だったということ。

その赤裸々な告白に、派手な外見や私生活、そして後にそれらが一変したことなど常に注目を浴びてきたアガシが、自伝を出し、本当の自分を明らかにすることでいままで抱えていたものから解放されたかったんだろうな、というのは理解します。

それでも読後に心にひっかかったのは、コナーズやベッカー(大嫌いだったらしい)といった先輩選手やサンプラス、クーリエ、チャンらライバルたちの描写がどれもあまり好意的でなかったこと。センセーショナルだった薬物摂取やカツラ使用の話よりもこちらのほうがある意味ショッキングでした。一緒に食事にいくようなシーンもあまりないし、テニス選手に友人はいなかったということなんでしょうか。アガシが自伝内でも触れているように、テニスは相手に触れないボクシングのようなもので、こいつを倒してやる、と自分以外のすべての選手に向かうので親しくなりにくい面はあるでしょうが、あまりリスペクトしているように思えなかったのが少し残念でした。

今目の前で戦っている選手たち、たとえばお互いをリスペクトしているライバル関係だと思えるフェデラーとナダルが、実際は…なんてことがありませんように、と願ってしまったほど。

とはいえ根がミーハーですから楽しめるエピソードも満載でした。ボロテリー・アカデミーのいかにもな学生寮っぽいいじめに錦織選手は大丈夫かいなと思ったり(まぁ今はそんなこともはないんでしょうけど)、ブルック・シールズが、挙式前のダイエットの目標として「理想の脚の持ち主」だと冷蔵庫に張った写真はなんとグラフだった、というウソみたいなエピソードがあったり。

TVドラマ「フレンズ」に、ジョーイ(マット・ルブランク)のストーカー女役でゲスト出演したブルックが、マット・ルブランクの手を舐め回すシーンに激怒したという話があり、このシーンはよく覚えていたため(「フレンズ」ファンですw)、そうかー、あれ見てアガシは怒ったんだ~と思ったり(まぁストーカー役っていうのも、少しキワモノぽかったし、夫ならば気持ちのいいものではなかったかもなぁ)。

ちなみにそのシーン。

とりわけサフィンやモヤ、フェデラーなどよく知る選手の名前が登場してくる後半は、覚えている試合も多く、あの時そうだったのか、と記憶をたどりながら読みました。ブラック・ギルバートが去った後、サフィンのコーチに決まりかけていたダレン・ケーヒルを横取りしていたとはw そしてフェデラーのことを「タキシードを着てコートに登場するようだ」と評しているのはうまい表現だなと思いました。

「テニスは嫌いだ」といい続けるアガシに、友人たちが皆「ほんとは好きなんだよ」と言うなか、「もちろんよ。誰でもそうじゃない?」と同意したのはグラフただ1人。初デートでの会話ですが、そのグラフの言葉にアガシは彼女が自分の理解者であり、同じ方向をみている相手だと感じたのでしょうね。そこから2人が心を通わせていった様子がよくわかります。思えばグラフも小さいころからステージパパの下、テニスを続けていたので似た境遇だったといえるのかも。結婚を決め、2人の父親が顔を合わせるシーンでの衝突はさもありなんといったエピソードです。

終章。2人はすでに引退し、慈善活動に力を注いでいますが、グラフにチャリティーマッチ(東京で2008年に行われた)のオファーがあり、出場できるかどうか彼女の体調をテストするため、市営のコートを借りて打ち合うエピソード。雨が降ってきたのに練習をやめず、打ち合う2人。アガシはグラフに「2人とも復帰しよう」と声をかけ、子供を迎えにいく時間がきても、「もう少し打ち合っていたい」と思うのですが、このときアガシは初めてテニスが好きだと感じたんだろうな。

余談ですが、このエキシビは伊達選手復帰のきっかけとなった試合。グラフは足を痛めてしまったようでしたが、上記のエピソードを読んで、試合内容いかんではグラフも復帰を思い立ったのかもなぁなんてちょっと想像してしまいました。

OPEN―アンドレ・アガシの自叙伝

アンドレ・アガシ(著)/川口 由紀子 (訳)
Open / Andre Agassi
ベースボール・マガジン社 1600円

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